羽生結弦にとっての地元仙台とは?故郷を愛する気持ちを語る 

見事ピョンチャンオリンピックで金メダルを獲得した羽生結弦選手。
日本中が羽生選手の魂のスケーティングに心を打たれました。

右足首の怪我から一時は絶望的とも思われた今回のオリンピック。
団体を辞退し、見事個人で最高の滑りで結果を残してくれました。

羽生選手の魅力はスケートだけではありません。
23歳という若さを感じさせない落ち着いた的確なコメントや、
随所で見られる謙虚さ、心配りは見ている人を惹きつけます。

今回はそんな羽生結弦選手を生んだ街、仙台にフォーカスしていきたいと思います。

杜の都・仙台は「ホッとする場所」

1994年12月7日、羽生選手は宮城県仙台市に生まれました。
両親と4歳年上のお姉さんの4人家族の長男として生まれ、
スケートをやっていたお姉さんの影響で4歳の頃からスケートを始めました。

2010年世界ジュニア優勝、
2012年世界選手権銅メダル、
2014年ソチオリンピック金メダル
と、輝かしい成績を収める羽生選手も、地元に帰れば23歳の青年。

大好物の地元名物ずんだ餅を頬張り、
移動の新幹線では牛タン弁当に舌鼓と等身大の姿が垣間見えます。

日本初フィギュアスケートの発祥の地、五色沼

宮城県仙台市青葉区、仙台駅からほど近い所に位置する五色沼は、
昔は冬になると沼が凍り、スケートリンクのようになっていました。

そこに、スケートをする外国人が現れ、地元の日本人にスケートを教え出したのが
発祥だと言われています。
(※諸説あり)

羽生選手は小学生時代の自由研究でこのフィギュアスケート発祥の地について
調べていたそうです。

羽生選手にとって仙台とは、「帰る場所」

2012年の世界選手権のあと、羽生選手は練習拠点をカナダ・トロントに移します。
羽生選手はトロントについては、「練習の場所」だと語っています。

スケートに打ち込むための地であるトロントに対して、
仙台はもちろんスケートもするが、何よりもホッとする、帰る場所なのです。

自然の中で幼少期を思い出し、移動中の車窓から見える景色、
家族と過ごす何気ない時間は、羽生選手の心と体を癒してくれるのですね。

震災後の復興を誰よりも願う

2011年3月11日。
この日羽生選手は仙台市内のスケートリンク「アイスリンク仙台」で練習していました。
これまで経験したことのない揺れを感じ、立っていられない状態だったそうです。

その後、なんとか家族と合流できたものの、
こんな状況でスケートを続けていいのかと葛藤していました。

そんな中で、羽生選手はチャリティーアイススケートショーを開催しました。
羽生選手のスケートは人々を感動の涙で包んだのです。
それまでは葛藤を続けていた羽生選手でしたが、
スケートを通して人々に勇気を与えてくれました。

そんな羽生選手は、2014年から2015年みやぎ絆大使に任命され地元の魅力をPRしています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

羽生選手の地元・仙台への想いは深いですね。
誰にも故郷があり、大切に思っている人が大多数でしょう。

「帰る場所がある」ということは、人を強くしてくれます。
心休まる場所があると人は頑張れます。

羽生選手のおかげで、故郷の大切さを再認識させてもらいました。
羽生選手、ありがとうございます。

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